特許コラム

2011年8月10日 水曜日

予定通りにいかない

暑いといけませんね。
最近、ブログのつもりで文章を書き始めると、いつの間にかただの毒舌を並べた文章になっていて、お蔵入りしてしまった文章がものすごく増えています。
どうも、暑いと心のブレーキが緩んでしまうようです。
 
ので、ちょっと普段と違った話を。
 
独立してから、色々なことについての考え方が大きく変わった、と思います。
簡単にいうと、頭で色々考えて計画を立てる、ということをしなくなった、とでも申しましょうか。
むしろ、自分の勘が発するメッセージに従って行動する、という感覚とでも言いましょうか。「これをやりたい」と思う、そのときの勘を大事にする、とでも言いましょうか。
それが今の私のキーワードのように思います。
 
独立して特許事務所を開いて以来、自分の考え方がどんどん、そっちのほうに向かっているような気がします。
「商売」という観点で特許事務所の仕事を捉えると、「計画通り」に進むことなんてほとんどありません。私も最近では、「計画」なんて立てるだけムダ、とさえ感じるようになってきました。達成できない「計画」なんかを立てても、精神的につらくなるだけです。
 
それよりも、先のことは深く考えずに、とにかく依頼頂いた仕事を必死でやる、と。そして、その合間で思いついたほかのことも気の向くままにやって、そこから仕事につながればラッキー、くらいの気持ちでいるのがいいのかな、と。
そして、それで仮に仕事がこなくて、事務所がうまくいかなくなったら、そのときのことはそのときに考えればいい、と。
 
独立してから、「予定通りにコトが運ぶなんてほとんどない」ということをしみじみ思います。それは「いい意味」でも「悪い意味」でも。「こんなところから仕事が来るとは思わなかった」という仕事が来ることもあれば、期待していたのに空振り、ということもしょっちゅうです。
とりあえず、「予定通りにいかない」ことを「怖い」と感じてはいけない、と最近思います。それよりは予定なんか立てず、そのときに思いついた「やりたいことをやる」、というほうが正しいかな、と。
 
独立する、というのはこれを受け入れられるかどうか、ということなのかもしれないですね。
「計画通りにいかない」ことを受け入れられない人は、あまり独立はしないほうがいいのかもしれません。「思い通りにならない」状態でも、その状態で何をすべきかを冷静に考えられる、ということが独立してうまくやっていく上では重要なのかもしれません。
 
ま、そうは言っても私も、仕事が来ない時期が長く続くと、精神的に不安定になってくるので、まだまだ修行が足りないというところですが。
 
こういう感じのことを、これから独立したいと思っている弁理士の方へのアドバイスとして書いてみました。
ま、でも「思い通りに行かないからこそ、楽しい」とも言える部分はあるので、別にそんな重く捉えるようなことでもないですけどね。

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

2011年8月 8日 月曜日

企業経営に役立つ特許とは?

 最近は、暑さで更新も滞り、内容も薄くなってしまった本ブログです。夏に弱い小学生だった私も、大人になってそこを克服したつもりでいたのですが、年を取ったせいかここ数年でまた夏に弱いという状態に戻っているようです。
 
 そんなことはさておき。
 
 今度、とある場所で特許のレクチャーをやることになりました。まあ、それはオープンな集まりではなく、閉じた集まりなのですが。
 そこでのタイトルですが、色々と悩んだ挙句、
「企業経営に役立つ特許とは?」
としました。
 
 こういうタイトルで話をしようと思った理由はというと、「企業経営に役立たない特許」が世の中に多すぎる、と感じているからです。
 ま、こういうことを言うと、所長弁理士としては自分の首を絞める部分があるのですが、でも、誰かが言わなければならないことじゃないのか、という気がします。
 
 「特許の値打ち」についての「見積もり」は重要なことじゃないのか、と私は常々思っています。それは、経営における「経費」ともかかわるところですし。
 それなのに、ここの考え方は「今一つはっきりしない」という気がしないでもないです。「企業経営の役に立たない特許」に金をつぎ込んでいる会社は多いように思います。それは、「見積もり」をしていないからじゃないのか、とも思います。
 
 私はこのあたりは、費用対効果で考えるべきではないのか、といつも思います。
 一千万円の値打ちがある特許を取得するためなら、300万円をかけてもかまわないけれど、200万円の値打ちの特許に300万かけてはいけない、という。
 
 こう書くと「何を当然のことを」と思われる方も多いでしょう。
 でも、それをやる上でもっとも重要になる「特許の値打ち」を(アバウトでも構わないので)見積もる、という作業をどれだけの人がやっているのでしょうか。
 その見積もりが非常に難しいのは事実なのですが。でも、独断と偏見ででも構わないので、「見積もる」という習慣がなければ、特許の経費を「費用対効果」という観点で評価することはできない、と思います。
そして「見積もり」ができなければ、真に高い経済的価値を持つ特許も取れない、と思います。
 
 「とりあえず特許は取っておく」「特許をとっておいたらそれで商品は守られる」というあいまいな考えだけで、特許の具体的内容については深く考えない、という姿勢が日本企業の平均的な姿勢のように思ってしまいます。
 新聞や雑誌の経済評論家の言葉を見ると、「日本は知財によって技術を守らなければならない」と言っていますが、そんなことは二十年も前から言われていたことです。今更そんなことを言われても、「分かっているよ」としか言えない気がします。
 
 重要なのは、そんな理想的一般論ではなく、
「どうやって、知財によって技術を守るのか」
という具体的方法論であって、そのことについて具体的なことを言ったり書いたりしている人は極小であるように思います。
 そして、その具体的方法論の肝になるのは、結局、「特許の値打ち」の「見積もり」になるのではないか、と私は思います。
 
 そんなことを偉そうに書いたところで、私のような末端の一弁理士にできることは限られています。でも、折角の機会なのでそういう観点から話をしてみよう、と思うに至ったわけです。
 夏で弱っているので、その準備も滞り気味ですが、そろそろ頑張って本気で準備を始めるか、と思っているところです。

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2011年8月 6日 土曜日

サッカーのこと


関西方面は暑くなったり涼しくなったりと安定しない気候が続いておりますが、お元気ですか?
 
「どこの何のブログだ」というような始まりになったわけですが。正直、夏バテ気味です。去年もそうでしたが、ブログにも熱が入りにくい季節になって参りました。ので、今日は、特許と何の関係もない話を。興味のない方は読み飛ばして下さい。
 
私はサッカーというスポーツにまったく興味が持てません。
今までの人生でサッカーの試合を見たのは、日韓ワールドカップの日本-ロシア戦のみ、それも、酔っ払っていたので、試合時間の9割は寝ていました。酔った頭の混濁した意識のむこうで、テレビの解説者が何か叫んでいたのをかすかに覚えています。言い換えると、それくらいしか記憶にありません。
 
そんな感じなので、「面白かった」とも「つまらなかった」とも思いませんでした。ただ、「人生で初めてサッカーの試合を見た」という記憶があるだけです(そんなので見たことになるのか、という気もしますが)。で、今のところ、それが私の見た最初で最後のサッカーの試合です。
 
この前のワールドカップもその前も、試合の模様の映像を一秒も見ることがありませんでした(なにしろ、最近、テレビを見ないので、ニュースでの報道さえも見ませんでした。あ、そういえば、日本戦のときに飲み会をしていて、その店のテレビで試合が流れていたような気もします。でも、そっちに目を向けていなかったので、見ていなかったというカウントで)。
 
こう書くと、なんだか変人みたいですね。なんかポリシーがあってアンチサッカーを貫いているみたいで。でも、そういうことはまったくなくて、できることならサッカーに熱中して、他の人たちと一緒にサッカー談義に花を咲かせてみたい、という気持ちはあるのです。
でも、どうやらサッカーに関して私は世の中から取り残されたようです。もう世の一般の人のレベルまで到達するのは不可能、という状態です。
この先も四年に一度のワールドカップの時期は、「自分は参加できていない」という罪悪感を抱きつつも、普段と変わりない生活を送っていくことでしょう。
 
でも、不思議なんですよね。サッカーのワールドカップって、私が中学生・高校生の頃ってそんな大きな祭典ではなかったような気がします。私の周りに興味を持っている人なんて、一人もいなかったし、テレビでもそんなに報道されていませんでした。それなのに、私がぼんやりしているうちに、周りみんながサッカーファンになって、サッカーのワールドカップが一大イベントという扱いになって。
 
 昔はサッカーに関する私の立ち位置は、世の中の平均と同じだったのに、あっという間に世の中全体が私を取り残して、もの凄い速さで私から見えない場所に動いていった、という気分です。
 
ま、私はこんな感じの人間なわけです。とりあえず非常にマイペースな弁理士らしい、ということだけ分かっていただければ、今日のブログはそれでOKです。

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2011年8月 3日 水曜日

ヒット商品を支えた知的財産

 日本弁理士会ウェブサイト中に、「ヒット商品を支えた知的財産」というページがあります。
 
 
 これは、読んでみると案外面白いですよ。
 もちろん、弁理士会ウェブサイト上という「公の場」に書くことですし、企業側の承諾がなければ掲載できないわけですから、話が全体的に「きれいごと」に寄っている感は否めないですが、それでも、色々な商品について、各社がどんな特許を出していたのか等がわかります。こういうことが書かれたものは本当に少ないです。
 
 特許の勉強ということになったときは、「理屈」から入ることになりがちです。しかし、「理屈」というのは頭に入りにくいものです。
 「特許権取得による独占排他権に基づいて、競合企業が参入することができず・・・」
ということを文字面で読むよりも、現実に出ている商品にあてはめて考えたほうが興味もわくし、理解もしやすいです。
 
 しかし、実際に特許の講習をするときに、このような商品についてはこのような特許があって……という話はなかなかできないものです。
 どの特許がどの商品と対応しているか、ということは案外、弁理士には分からないものです。知っていたとしても、外部で話していいのかどうかが分からないことが多いです。
 
 ということなので、特許の仕事をしている人でも、案外、自分が携わった特許と実際の商品との関係をちゃんと分かっていない場合は多いです。
 
 そういう状況ですから、こうやって特許と商品の具体的なリンクをつけながら説明してくれる場、というのは本当に少ないです。それだけに、このようなページは貴重だと言う気がします。
 
 例えば。
 このコーナーの最初に載っているのは「雪見だいふく」の特許の話です。これは、誰でも知っている商品ですし、他社の模倣品が出ていない商品ですよね(特許は存続期間が満了して長いのですが)。
 このような商品がどんな特許で守られていたのか、ということは興味深いと思いませんか? また、言ってしまえば、「大福の皮の中にアイスクリームを入れただけじゃないか。アイスモナカの外側を大福の皮にしただけじゃないか。そんなものに特許性があるのか?」、と言われそうなものについて、どうやって特許を取ったのか、という点も、気になりませんか?
 
 実際、この特許の明細書を読むと、出願時点で色々と作戦を考えてうまいこと特許を取ったな、ということが読み取れます。
 そういった、「企業経営とうまく結び付けた特許」という「成功事例」を読むのは面白いものですよ。
 
 もちろん、その影にはその数十倍、その数百倍の失敗事例がある、ということも知っておく必要があるし「きれいな話」ばかりではなく「どろどろした話」もたくさんある、ということは認識しておいたほうがいいですが。

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2011年7月31日 日曜日

「日本の歴史をよみなおす」

 「日本の歴史をよみなおす」(網野善彦著;筑摩書房 1991年第一刷発行)を読みました。網野氏の本は以前から一度読もうと思っていたのですが、ようやく読めました。
 
 網野氏といえば、日本の歴史学では大変に有名な方です。なにしろ、歴史学のことは何も知らない私でも名前は聞いたことがありましたから。
 
 私は高校時代の日本史があまり得意ではありませんでした。機械的に丸暗記するということが大変苦手だったせいで、背景の説明もなく起こった事件を列挙されてもまったく覚えられませんでした。共通一次(古いですね。すみません)の日本史も決して褒められた点数ではありませんでした。
 
でも、人間歳を取ると歴史に興味が向かうというのは確かにそのとおりで、私も最近、いろいろと歴史関係の本は読むようになりました。
で、そのたびに「分からない」と感じてしまうのは、「原始時代の未発達な社会」から、現在のような複雑化・ネットワーク化した社会に変わっていく、途中の過程って、どんな感じだったんだろう、ということでした。
 
学校で習う日本史というのは、考えてみると「権力者の歴史」ですよね。大化の改新の昔から、南北朝時代、戦国時代、明治維新、といった時代のなかで政治的にどんな事件が起こったか、という話が主体です。
でも、世の中は別に権力者だけで成立しているわけではありません。
それぞれの時代の中で一般庶民は権力と関係なしに、それぞれの人生を生きていたわけです。そんな暮らしのなかで世の中は徐々に変化していったはずです。
 
そんな「社会が徐々に変化していくさま」みたいなものについて、この本は色々な角度(文字、貨幣等が章タイトルに挙がっています)から説明してくれます。文章も非常に平易で、読みやすいです。私のような歴史学初心者が読むには最適だった、という気がします。
そして、これまで自分がまったく知らなかった日本史についてのある部分について、随分と勉強できた、という気がします。
 
 私たちが「日本」についてある程度理屈で理解しようとすると、「権力者の歴史」よりもこういった「庶民の歴史」「社会の歴史」のほうが重要なのかもしれない、と読み終わって思いました。それが、今の社会の根底に流れている「日本人の考え方」を知る上でも重要になるような気がします。
 
 というわけで、今日のブログは特許に関係のない話ですね、ということになるわけです。
 しかし、特許の仕事をやる上では、こういうことの知識というのも実は重要なのかもしれない、と思いもします。
 
 弁理士に限らず、「法律」の仕事をしていく上では、「社会」とか「人間」ということについて勉強することは重要なことのようにも思います。
裁判においては、「善悪の判断」をしている面があるわけで、そのような「善悪の判断」においては「社会の常識」とか「個人と社会のかかわり」ということも知識として知っておく必要があるようにも思います。
 
また、「企業における知財マネージメント」ということを真剣に考えるのであれば、「日本社会はどのような社会であるか」ということについて、知識を持つのは非常に重要なことでしょう。
 
そういったことを理解するうえでは、「社会の歴史」を知ることはおおいに役立つことであるように思います。
そういったところまで考えさせられた、という点ではやはりこの本は非常にいい本ではないか、と思います。初版から20年経っても内容が古びていないのもさすがだと思いました。

投稿者 八木国際特許事務所 | 記事URL

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