特許コラム

2012年2月 4日 土曜日

「緋色の研究」

 「緋色の研究」(コナン・ドイル)を読みました。シャーロック・ホームズ初登場作品です。
 
 推理小説マニアだなどと言っていても、こういう小説を案外読んでいないんですよね。いや、小学生のときに子供向けに書き直したホームズもので読んだから、大体のストーリーは知っていました。それだけに、改めてきちんと読み直そうという気にもなれませんでした。
 しかし、最近なぜか急にホームズものが読みたくなってきて、ようやく読むことができました。
 
 いや、面白かったです。それが最初の素直な感想です。古びていて時代を感じさせるのですが(なにしろ1887年の作品です)、逆に最近の小説には絶対にないような色々な要素が含まれていて、「時代小説」を読んでいる新鮮さです。
 ロンドンも車のない馬車の時代だし、後半で出てくるアメリカの描写は現代のアメリカとは何もかもが違った「未開の地」といった印象です。科学的捜査もまだまだであり、組織だった捜査なども不十分である反面、色々なことがおおらかで、今だったら大問題になるようなことが平然と行われていたりもします。
 
 それにしても、この作品、「推理小説」として謎解きとか意外な犯人を楽しむというよりは、シャーロック・ホームズという特異な人をワトソン博士が興味深げに観察している、「キャラクター小説」なんですね。そこのところが非常に面白いです。
 現代だったら、あれくらいの単純な謎解きだったら「ありきたり」といわれてしまうでしょう。それなのに、現代まで読まれているというのは、「キャラクター小説」の部分が面白いからだろうなと思いました。
 
 それでいて、現代人からみても共感できるような色々な要素も含まれています。論理性について語られた種々の言葉も含蓄があり味があるな、とも思います。
 
 しかし、ホームズの推理って理屈つけていますけど、結局「勘」なんですね。
 とある推理をした後、ワトソンに
「いったい、どうしてああいう推理ができたのですか」
と問われたときの答えが、
「ぼくには、わかるのはなんでもなかったが、説明のほうがかえってむずかしい。君でも、事実にはまちがいないことはわかっていても、二と二を足したら四になる理由を説明しろといわれたら、ちょっとこまるだろう」
というものです(阿部知二訳 創元推理文庫 35頁)。
 この言葉って、要は「勘だ」と言っているように感じます。でも、論理性って結局そういうものだと思うんですよね。論理から考えるというよりは、先に結論があって、後から論理をくっつけるという。
 小説の本筋の推理も結局は、「勘」にもとづいた結論がさきにあって、後で理屈をつけているという感じがしますし。
 
 その辺の感じも含めて、非常に面白いと思いました。機会があればシリーズを読み進めてみたいとも思います。


投稿者 八木国際特許事務所

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