特許コラム

2010年9月27日 月曜日

九マイルは遠すぎる

 これまでここでは触れませんでしたが、私は弁理士試験の勉強を始める前くらいまでは推理小説マニアでした。
 が、社会人になって忙しくなってきたことと、新作が推理小説でなく「ミステリー」と呼ばれるものに変わり、ベストセラー小説の多くが「ミステリー」になるようになった頃から、私自身の興味が極端に薄れてしまい、ほとんど推理小説を読まなくなってしまいました。
 
 結局、最近の「ミステリー」が私の好きだった「推理小説」とは別のものに変わって、興味がなくなった、ということかもしれません。
 
 ですが、昔に買ったまま読まずにほうっておいた本が大量にあり、最近、たまにそういう本を読んでいます。そんな流れで、最近読んだのが「九マイルは遠すぎる」(ハリイ・ケメルマン、早川文庫)という短編集です。
 
 タイトルを書いても知っている人、ほとんどいないでしょう。しかし、「推理小説」のファンの間では名作と呼ばれている作品です。
 本を見ると、アメリカの出版が1967年、日本の文庫初版が昭和51年ですから、ずいぶん古い作品です。
 
 それだけに、私が好きだった頃の「推理小説」の香りを強く感じさせるものでした。なんだか懐かしい気持ちになって、数日に短編一つくらいのペースでゆっくり読んでいます。
 
 表題作は「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない。ましてや雨の中となるとなおさらだ。」という一つの文章のみから殺人事件を解決する、という話です。そういう話だということはさんざん聞いていたので、実際に読んでも新鮮に感じず残念でした。
 まあ、それは私が悪いのであって、知識ゼロの状態で読みたかったと思うのみです。
 でも、その他の短編は素直に面白かったです。
 
それにしても、ここまで論理性のみを表に出した作品は「推理小説」としても珍しいなぁ、と思います。ウェットなところが欠片もなくて、どこまでもドライなのです。人が死んだという話でも、淡々としていて「推理」に関係のない要素は一切入り込みません。
 それが非常に小気味よく、安心して楽しく論理の世界に身を任せられるわけです。この辺が昔の「推理小説」だなぁと。
 
 と、これだけだとただの感想になるので、関係のないところで思ったことを少し。
 
 ここで探偵役をつとめるニッキー・ウェストと対照的に描かれる人物の一人として、「ありふれた事件」中に登場する検事であるエリス・ジョンストンという人がいます。
 この人は、探偵役のニッキーとは対照的に描かれています。
 
 ある事件について、
『いやあ、これはいわば馴染みの事件だよ』
と言い、
『この市にも、職業的犯罪者というのがかなりいて、そういう連中がしょっちゅう事件をおこしてくれるおかげで、われわれも飯の食い上げにならずにいるわけで、したがってわれわれにとっては、そういう連中はいわば馴染みみたいなものなんですよ』
(中略)
『・・・そういう場合は、ふつう、事件がおこるや否やわれわれにはそれが誰の仕事かすぐにわかりますね』」(173~174頁)
と語っているわけです。論理性というものとは対極にある考え方です。
 
 話はエリスの推理は誤っていて、ニッキーが真相を解き明かすというものなのですが。
 
 しかし、何かのプロであるということは、こういうエリスのような思考パターンに陥りがちです。(ちなみに、物語でもエリスはプロ(検事)でニッキーはアマチュア(大学教授)です)
 たくさんのパターンを経験として知っているがゆえに、新たな事件もそのパターンに当てはめてしまうという。
 そうしないと、多くの仕事をこなしていくことはできないし、そもそも、大部分の事件は、このようなプロの発想によって解決できるわけですから、それが100%悪いことだとは言えないと思います。
 
 しかし、「プロ」であるがゆえに陥りやすい失敗は確かに存在していて、「プロ」として働くのであれば、それを自覚して、時折立ち止まることもしなければ、とここのところを読みながら自戒したのでした。


投稿者 八木国際特許事務所

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